【感想(ポジティブトリガー)】妻のトリセツ 黒川伊保子

 男性なら、恋人や妻と会話をしている時に、突然、相手が不機嫌になり、過去の出来事を引っ張り出してはブチ切れられるというシーンを、1万回ぐらいは経験したことがあるかと思う。そのたびに、なぜその引き出しが、感情が昂(たか)ぶってた中で這い出てくるのかが不思議に感じたかと思う。

 そんな疑問に答えてくれるのが、本書「妻のトリセツ」である(本書は脳科学と銘打っているが、現在の脳科学の知見では、男女の脳に違いは小さい。あくまでも、本書の内容はよく当たるおまじないと思いながら読み進めてほしい)。私はこの本を読み終わった後、妻が妊娠する前に出版してくれなかったことを恨んでしまうほど、男目線での女性の取り扱い禁止事項、それに対する解決ハウツーを提示してくれている。私の読後感の気持ちが理解できる一文があるので、以下の文章を読んでほしい。

そもそも妻の怒りの理由は、「今、目の前で起きたこと」だけではない。過去の関連記憶の総決算として起こるものなのである。女性は、感情に伴う記憶を長期にわたって保存し、しかも「みずみずしく取り出す」ことが得意な脳の持ち主だ。日常生活で起こる感情が、さまざまな色合いを帯びており、この感情の色合いごとに体験記憶が収納されているのである。心が動くと、その「感情の色合い」と同系色の引き出しに収納された過去の体験記憶が数珠つなぎになって、一気に引き出される。「感情によって連鎖される記憶」なので、当然、感情が増幅 されて溢れる。

 あの感情の引き出しは、「感情に伴う記憶を長期にわたって保存してしまう女の特性」であること。さらに「過去の体験記憶が数珠つなぎになって、一気に引き出される」ものだと。

体験記憶を数珠つなぎで引き出すきっかけになる「感情の色合い」は、まさにトリガー(引き金)であり、それにはネガティブトリガー(怖い、辛い、ひどいなどの嫌な思い)と、ポジティブトリガー(嬉しい、美味しい、かわいいなどのいい思い)がある。女性脳は、自らの身を守らないと子どもが無事に育てられないため、危険回避のための ネガティブトリガーのほうが発動しやすい傾向にある。身の周りにいる、自分より力が 強い者には、特にそうなる。一方で、全身で頼ってくる小さき者にはポジティブトリガーが発動されやすい。「夫にはひどく厳しく、子どもやペットにはべた甘い」が母性の正体であって、男たちがロマンティックに憧れる「果てしない優しさ」が母性なんかじゃないのである。

 トリガーなる言葉が登場する。人によってその呼称は異なるであろう、私は地雷と称する、妻の激怒ないし感情の起伏を引き起こすポイントを、本書は見事に解説してくれている。

それゆえ、夫にとっては「たったこれだけのこと」で、しかも10年も20年も前の出来事まで含めて、一気に何十発もの弾丸が飛んでくることになる。問題は、怒りの弾丸で撃たれているうちに、夫が徐々に命を削られてしまうことだ。夫にとっては、甚だ危険で、理不尽な妻の怒りだが、実はこれ、きずなを求める気持ちの強さゆえなのである。母性本能は、生まれつき女性脳に備わっているもので、恋人時代から「理不尽な不機嫌」の萌芽はあるが、特に周産期(妊娠、出産)と授乳期に強く現れ、子育て中はほぼ継続していく。やがて、男性脳を理解して、男への期待のありようを変えられた女性は、自らの感情をだだ漏れしないようになるが、男に期待し続ける女性は、死ぬまでそれを続けることになる。「怒り」は「期待」の裏返し。夫一筋、家庭一筋の妻ほとこうなる傾向にある。つまり、かわいい妻ほと豹変し、夫一筋のうぶな妻ほど一生それが続くことになる。これが、ほとんどの男性が知らない世にも恐ろしい、結婚の真実だ。

 経験則的に、社会人経験の少ない専業主婦は、言い方は悪いが、どこか頭のネジが足りないのではないかと思ったことがある。理不尽で、自分の子供第一で(特に一人っ子の場合)、すぐにママ友と徒党を組んでは働くママを差別する様に。本書の説明でも、私の考えは当たらずとも遠からず、といったところか?

 だから結婚をするならば、愛らしくて可憐でうぶな女性よりも、度量のある女性を選ぶべきなのだ。とはいえ、どんな女性も多かれ少なかれ、「理不尽な不機嫌」の道に一度は足を踏み入れる。男性諸君は、その真実をしっかりと受け止めたほうがいい。

 「度量のある女性を選ぶべきなのだ」を読み、私は元プロ野球監督であった故野村克也の配偶者を思い出した。あの時代の女性は、戦争と戦後の混乱期を経験してるから、度量が半端ないが、本書で推奨される女性の結婚相手を考えると、さもありなんと思われる。

 

【ボジティブトリガー】

 女性脳はネガティブトリガーを何度も蒸し返す厄介な構造となっているが、ポジティブトリガーも有している。共感に関する脳機能は、男の脳ではまず太刀打ちはできない。しかしながら、ダメージコントロールとして、ネガティブトリガーをできるだけ回避し、ポジティブトリガーを杭打つできるように心がけたい。ただし、自分が女性脳をコントロールできると決して驕らないことだ。もしくは、彼女、妻で実験し、その知見から、別の女性との付き合いにうまく利用すればいいのだ(笑)

 

【結婚記念日】

 ポジティブトリガーを作るには、記念日を大事にすること。この記念日を幸せな記憶にするためには2つの手段がある。

  • 予告
  • 反復

 ただそれだけだ。予告は文字通り、次の記念日にはどこかに行こうと、遅くとも1ヶ月には必ず伝えること。ここで肝心なのは、時間的猶予を女性に与え、記念日までのプロセスを楽しみ、味わい尽くせるようにすること。

「来月の結婚記念日には、ふたりの思い出のあのイタリアンに行こう」と、少なくとも1ヵ月前には伝えよう(思い出のレストランがなければ、「君が行きたがってたあのレストラン」でもなんでもいいのだが)。肝心なのは、「時間」をあげること。言われた日から、記念日までの4週間を、記念日以上に楽しみ、味わい尽くすのが女性脳の特徴だからだ。

情緒を時間軸に蓄積させる女性脳は、何かを楽しみに待つのが大好きだ。「ふたりの思い出のあのイタリアン」という夫の言葉を何度も思い返しながら、その日を思い描く、仕事の帰りにウィンドー ショッピングを繰り返して、とびきり素敵なワンピースを 選ぶ ワンピースに似合うパンプスを取り出して磨く。

 ついつい男としては、約束しても果たせなかった場合はどうなるか?と恐怖してしまう人もいるかと思う。しかし、著者はこのように解説してくれている。

「予告をして、そこまで楽しみにされて、万が一約束が果たせなかったら」と、怖がる男性も多いだろう。しかし、それがそうでもない。楽しみながら過ごすプロセスが、すでに女性脳を幸せにしているので、実際のデートが延期になっても、案外あっさりと「仕方ないね」と許してくれたりするのである

 ただしここではサプライズの演出はネガティブトリガーを作り出してしまうと警告している。

誕生日にデートしようと誘われて出かけると、予告もなしに連れて行かれたのが高級フレンチレストラン。食事が終わり、キャンドルの炎が揺れるバースデーケーキが運ばれてくる。と、同時に、楽団がバースデーソングを演奏し始め、あらかじめ預けておいたバラの花束を渡されて……と、こんなロマンチックな演出をされても、あまり嬉しくない。どころか、その場に合わない(と男性は気づいていないが)服装や、完璧でないヘアメイクの姿のまま注目を浴びることが恥ずかしいし、惨めに感じていたりする。何よりもその日を思い描きながらドレスを選んだり、美容院に行ったりする、そういう楽しみを全部奪われてしまったことが悲しいのだ。

 特大サプライズという名の、特大トラウマになると。気をつけよう。

(続く)

妻のトリセツ (講談社+α新書)

妻のトリセツ (講談社+α新書)