【感想(トランプ大統領の選挙力学)】メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本 渡瀬裕哉

   トランプ大統領は何を考えているかわからないから。やっていることがアメリカ社会を分断していて滅茶苦茶だ。

  メディアで飛び交う彼への評価を目すると、前任のオバマ元大統領と比べ、メディアからのトランプ現大統領の評価は決して高くない。むしろ、なぜ大統領になれたのかが不思議に感じられるくらい、嫌われている。

   著者の渡瀬裕哉氏は、そんなトランプ大統領が就任する一年以上も前から、彼が当選するとした強く主張し、その根拠となるアメリカ選挙の分析結果を発信し続けていた。本書は、そんなトランプ大統領の権力構造を見事に分析している書籍である(それも1000円ほどで読めてしまう)。世界の経済は中国とアメリカの、それも指導者の動向で大きく変動する。できるビジネスパーソンであれば、ドランプ大統領についた、自分なりの考えを持たなくてはならない。そのような使える知識を、本書から抽出していきたい。

 

トランプ大統領をの権力構造】

   トランプ大統領を支えているのは誰なのか?渡瀬氏は共和党の保守派であると分析している。

 トランプ大統領共和党保守派の関係は「トランプ大統領がどのように誕生したのか」という選挙の力学を知ることによって理解できるだろう。米国は世界最大級の民主主義国であり、トランプ大統領であっても「選挙」で借りを作った人々の意向を無視することはできないからだ。

   誰しも、自分を引き上げてくれた恩人には大きな借りができてしまう。そして、それが現在進行系であれば、その恩人の影響力はなおのこと大きいだろう。トランプ大統領が借りを持つ、共和党の保守派とは何か?先に答えを言えば、どうやらペンス副大統領を中心とした派閥らしい。次の派閥の解説を読んでほしい。

トランプ政権は「共和党」、そして「保守派」の政権である。2016年大統領選挙は「民主党から共和党」「共和党主流派から共和党保守派」という二重の政権交代の産物であった。米国は二大政党であり、左右のイデオロギーの対立軸によって「民主党 = 左派」「共和党 =右派」という図式が成り立っている。民主党大きな政府を志向し、政府規模を拡大し規制や補助金などを通じて社会福祉を充実させることを目指している。これに対して、共和党は小さな政府を志向し、政府規模を縮小し、規制廃止や減税政策によって自由市場を活性化させることを求めている。(中略) 一方、共和党の中には「主流派」と「保守派」という2つの派閥が存在している。「主流派」 は中道的なイデオロギーが強く、民主党とも妥協の余地を持っている人々のことを指す。「保守派」は、その存在意義を米国の建国の理念に依拠する政治集団であり、民主党が主張するリベラルな政策全て反対する政治姿勢を持っている。

  共和党は「主流派」と「保守派」に派閥がわかれている。ちなみに、共和党の大統領として有名なのはブッシュ親子であり、彼らは主流派に属していた。保守派に分類されるのは、有名どころではレーガン大統領となる。

   トランプ大統領は、彼が今の権力を獲得する以前での、大統領選挙での立候補者の一人に過ぎなかった時、共和党の中ではアウトサイダー、外様であり、政治勢力を有してはいなかった。しかし、彼が勝利できたのは、どうやら予備選挙立候補者の濫立(らんりつ)が原因であったらしい。共和党内でスター候補がおらず、予備選挙でトランプは何とか勝ち上がる。この時、彼は共和党の主流派とは対立関係を続けていた。ここに手を差し伸べたのが保守派となる。

ヒラリーとの支持率差が大きく開いていく中、トランプに救いの手を差し伸べたのは「保守派」であった。保守派は当初はトランプのNY出身のリベラルな傾向や破天荒な言動に拒絶感を示していたが、大統領選挙を前にして民主党共和党主流派という敵の敵であるトランプを利用する政治的な賭けに出た。そのため、保守派は、政策、運動力、資金の全てをト ランプに提供し、その選挙運動の中核を半ば占有するに至った。(中略)

したがって、政権発足当時、トランプ政権は選挙・政局運営において保守派に大きく依存した状況となった。ペンス副大統領は大統領選挙直後に政権移行チームの責任者に就任し、政権の方針および政権人事に対して強い影響力を行使した。保守派シンクタンクであるヘリテージ財団が移行チームにスタッフを派遣し、保守派の意向を踏まえた政策立案が次々となされることになった。つまり、トランプ政権運営の根幹は完全に保守派が牛耳る形となったのである。かつて権勢を振るった主流派は政治任用職から外された者も多く、トランプ政権は保守派との運命共同体としてその政権の船出を迎えたのだった

   この記述は重要だ。2016年の大統領選で勝利したのは、トランプ氏ではなく、共和党の保守派だったのだ。では、保守派とはどのような人々がいるのか?渡瀬氏は次のように分類している。

  1. 伝統的保守派
  2. リバタリアン
  3. ナショナリスト

   伝統的保守派とは、アメリカの建国の理念に素朴な共感を持つ層と規定し、保守派のマジョリティを形成している。

   リバタリアン派は経済面、道徳面で絶対的な自由を是とする勢力であり、移民政策推進、軍事費削減、マリファナ同性婚はokと伝統的保守派とは社会政策は対立関係にある。

    しかしながら、この両者をつなぎとめているのは、小さな政府(大きな政府への反抗)の推進という、共通のテーゼから、緊張関係にありながらも紐帯関係を維持している。

  第3グループのナショナリストは政治的に新興勢力である(渡瀬氏は言及していないが、日本で言うネトウヨのような集団と思われる)。

   トランプ大統領は、この第三勢力を取り込み、共和党内での自らの政治的な影響力を持ち、リバタリアン派が脱落するという、変化が起こった状態。ただし、このリバタリアン派は、共和党の選挙で重要な足腰となる草の根の活動を行っている集団であったため、その支援を得られないトランプ現大統領の選挙については機能不全に陥っているらしい。

   2020年の大統領選挙の分析では、渡瀬氏はトランプ氏の再選は現時点では流動的であると予想している。これは逃げを打ったわけではなく、本書を読めば理解できるが、多くの選挙に大きな影響を与えるファクターが流動的に誕生し、アメリカ国内だけでも、社会情勢が日々大きく変化しているため、その予断を持つことは難しくなっている。その中でも、著者は冷静に分析をされているので、ぜひとも本書を手に取っていただきたい。

【社会の分断】

     社会の分断について著書の分析を引用し終わりとしたい。この分析は著者の地頭の良さが明瞭に感じられる。

近年では「社会の分断」という言葉を耳にする機会が増えているが、これは選挙マーケティング技術が発達したことと無関係ではない。人々は大学関係者なとの知識人によって複数の対立するアイデンティティのグループに分類され、そのグループ間の分断がメディアによって拡散されて周知され、そして分断されたグループ内でSNSによって自家中毒的なアイデンティティ強化が行われる状況に置かれている。さらにそれを政治利用することによって社会の分断は深刻さを増していくことになる。これは経済的な豊かさが達成された社会では必然的に起きることであり、ある意味では民主主義が成熟した姿と言えるだろう。

メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本 (PHP新書)

メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本 (PHP新書)