【感想】死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相   ドニー・アイカー

 1959年、極寒に凍てつく冬山のウラル山脈でトレッキングを行ったロシア人大学生9名が命を落とす”事件"があった。ある者は舌を切り取られ、ある者は下着姿で、ある者は頭蓋骨折、ある者からは放射線が検出、何よりも異様なのは全員が冬山登山用のブーツを履いておらず、凍死という。

 この異様な死に様(よう)、ソビエト連邦時代の謎の多い遭難事件でもあり、2010年に入り、インターネット上で、西側から”再発見”されたのが、このディアトロフ峠事件である。

 本書の存在を知ったのは、以前、このブログでも紹介した佐藤健寿氏が、本書の帯を担当されていたので、手に取ることとなった。

 

佐藤健寿氏のブログ記事はこちら↓)

https://trikiken.hatenablog.com/entry/2019/04/19/135446
https://trikiken.hatenablog.com/entry/2019/04/20/124613

https://trikiken.hatenablog.com/entry/2019/04/22/133015

 

 本書の最終ページに、佐藤氏の「あとがき」が書かれているので、時間のない人はこの箇所を読むだけでも本書を十二分に楽しむことができる。

 言い方が悪いが、著書のドニー・アイカー氏の筆致が色々と足らないところがあり、本書はジャーナリズ厶としても、ミステリーとして読んでも、満足いかない印象しか残らなかった。そこを補完してくれたのが、佐藤氏の「あとがき」となる(編集部が本書の売れ行きに危機感を持ち、佐藤氏に依頼をかけたのだと思う)。

 ディアトロフ峠事件の"犯人"を先に述べてしまうと、カルマン渦列、それに伴い発生する超低周波音が原因と本書では結論付けられている。

 要は、一連の事件はソ連の陰謀でも何でもなく、自然現象がおりなした不幸な事故であったというのが、本書の見立てである。

 超低周波音が人間の生体に及ぼす悪影響については、以下のように説明されている。

低周波音は、鼓膜を通じて内耳の有毛細胞を振動させる。その結果、その音はふつうの人には「こえない」かもしれないが、興奮した内耳の有毛細胞は信号を脳に送るので、その乖離―なにも聴こえていないのに、脳はそれとは異なる信号を受け取っているという――から、身体に極めて有害な影響が及ぶことがあるというのだ。

 超低周波音の悪影響を利用し、例えばデモの鎮圧で実際に使われているようである。

これらの音波にさらされると、人はその場から逃げ去ることしか考えられなくなるからだ。「トロント・サン」紙の報道によると、二〇〇五年六月六日、イスラエル軍の白い車両が一分ほど大音響を流すのを目撃した人々がいるそうだ。すると数秒後には、抗議に集まっていた人々が船酔いに似た症状を起こしてうずくまってしまった。イスラエル軍の情報筋によれば、このような戦術は「吐き気や目まいを引き起こす音波によって群集を追い散らす」ために使われているという。

 ディアトロフ峠事件でなくなった学生は、どのように、カルマン渦列、超低周波音の影響を受け、死に繋がったのか。研究者の見立ては次のようになる。

「みんなでテントに入っていると、風音が強くなってくるのに気がつくとそのうち、南のほうから地面の振動が伝わってくる。風の咆哮が西から東にテントを通り抜けていくように聞こえたでしょう。また地面の振動が伝わってきて、テントも振動しはじめます。今度は北から、貨物列車のような音がまた通り抜けていきます…より強力な渦が近づいてくるにつれて、その練音はどんどん恐ろしい音に変わり、と同時に超低周波音が発生するため、自分の胸腔も振動しはじめます。超低周波音の影響で、パニックや恐怖、呼吸困離を感じるようにもなってきます。生体の共振周波数の波が生成されるからです」

 この大学生達がテントを張った地点が、気象条件、地形などのすべての悪条件が重なった場所であり、このような不幸な事故がおこったとのこと。

 ドニー・アイカー氏がこの事件について調べる前は、「雪崩説」、「強風説」から「核実験による放射性物質による原因説」、「宇宙人襲来説」と、ネット上では、(妄想するだけでも時間の無駄な)議論が喧々諤々となされていた。後者2つは除き、前者2つについては、ドニー氏が現地を確認したことで、すぐに棄却される説であることが、現地調査の早い段階で判明した。

 ネットの時代と言えばそれまでだが、結局、誰もちゃんとした一次情報を確認することなく、ネット上の伝言ゲームがこの事件を複雑化、陰謀論化していったのである。

 

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相